目次
第1章  バレエの誕生
      ・バレエの起源
      ・日本でのバレエの始まり
第2章  バレエ学校の仕組みと取り組み
      ・海外のバレエ学校について
第3章  日本のバレエ教育について
      ・日本でのバレエ教育はどういったものか
      ・これからの日本のバレエ教育について  
第4章  ダンサーが常に追求していくもの
第5章  プロのダンサー、教育者になるためには
第6章  全体を通して
      ・これからのバレエのありかた・・・
まだ決定ではなく、書きたいものを出してみました。
バレエについての新しい記事
 バレエは、文芸復興期(14〜16世紀頃)にイタリアで誕生した。イタリアで誕生した背景としては、イタリアの王侯の宮廷が、当時の芸術の完成に特別の役割を果たしていたからである。イタリアの宮廷では振付(バレエの元)が発生し、文芸を庇護する王侯は、音楽、詩、建築、絵画、彫刻を統合した華麗な余興を準備してくれる芸術家を身辺に集めておくことを好み、それらが総合されて今のバレエに至った。
 日本でのバレエの始まりは、1912年にイタリア人舞踊家ジョバンニ・ビットリオローシが、帝国劇場の歌劇部の研究生にバレエを教える為に迎えられた時からとされている。しかし当時はバレエという言葉が一般化されず、しかもオペラ運動の中に含まれ、独立した舞台芸術舞踊として大衆の注意を引くまでには至らなかった。舞踊を志す人もおおかたは創作舞踊やモダン・ダンスに転向して、バレエの独立した舞台は皆無な状態であった。翌1922年の秋、不世出の名バレリーナとうたわれたアンナ・パヴロヴァ一行が来日し、帝劇をはじめ各地で公演した。彼女の踊った「瀕死の白鳥」は観客を陶酔させ、大衆の間にその名は広がり、その芸に魅せられた若人の間にバレエを習う風潮が高まった。しかし1935年前後の日本の舞踊界はバレエとモダン・ダンスの区別すら明白ではなく、大勢はモダン・ダンスにあつまった。バレエが本格的な開花期を迎えたのは、第二次世界大戦後で1946年に各バレエ団の合同による東京バレエ団が8月帝国劇場において、17日間の長期公演を行い、これが予想外の成功を収め、戦後の日本のバレエは急速に発展を遂げた。イギリス・フランス・ロシアとバレエの本場の地で活躍する人材も育ち、今日では世界のおもだったバレエコンクールにも参加し、世界の名門バレエ学校に留学する時代を迎えた。しかしバレエ界の繁栄は、多くの先人達の努力と、個々のバレエ団、バレエ研究所の情熱によって支えられてきたというのが現状である。