NO3  バレエ学校

では、レッスン内容をみてみよう。。最初はプリエを48回、次にグランバットマン128回。すぐグランバットマンはというのは驚くが、現在のチェケッティ・メソッドの教本でも、これはプリエの後にくるそうです。それからプティバットマン96回、これは今のバットマン・タンジュのこと。ロンド・ジャンプはアテール、アンレールと続き各28回。最後にゆっくりのプティバットマンが64回づつおこなわれる。一つの運動の数が非常に多いが128回というのは片側にすると64回、つまり前に16回、横には前の5番に戻して16回、すぐ向きを変えて違う足で同じことを繰り返し、また元にもどって後ろへ16回、後ろの5番に戻る側方を16回行ったようだ。
バーの運動はすべて中央で繰り返し、それからアレグロに移る。アレグロにはピルエット、アントルシャなどでてくるが、コントルタン・バロネ、など今では聞きなれない言葉も数多くでてくる。
このように、パリ・オペラ座でも、学校の教育システムには現在から見ると不解決な部分が多い。ロシアでもイタリアでも・・1860年〜70年にならないと現在我々が知っている高度に発展した教育システムは存在しないそうです。
ここまでがバレエ学校が誕生するまでです・・これから、今日確立されてきたバレエ学校のカリキュラムを見てみたいとおもいます。

NO2 まだまだ続くよー

前回の質問からいきます。ペテルブルクや、モスクワでは生徒が孤児院の子供だったりしたか。。バレエはあまり尊重された職業ではなかったとありました。これに変化があらわれてくるのがロシア革命後だと思われます。それまでは、ロシアとドイツの戦争は瞬く間にヨーロッパの国々を巻き込み、第一次世界大戦の幕開けとなるわけですが、一方でこの戦争はロマノフ朝の終幕を招くことになります。戦争による窮乏に業を煮やした首都ペトログラードの労働者たちが、1917年3月、大規模な暴動を起こしました。これをきっかけにロマノフ朝は倒れ、ロシアは史上初の社会主義国となっていくのです(ロシア革命)。その立役者は、レーニンという男。
1924年レーニンが死去すると、その5日後には、ペトログラードは彼の名をとって「レニングラードLeningrad」と改称されました。すでに、1918年に首都はペトログラードからモスクワに移されていましたが、これ以後、レニングラードは、世界的に有名なバレエやオーケストラの本拠地として、ソ連における文化の中心的な位置を占めるようになってきたようです。これによって、国家がバレエというものに大きな位置づけをしたようだ。今でも、レニングラード国立バレエ団が存在する。
つまり、今まで生徒たちは劇場関係の弟子か、身分の高い家柄から生まれた庶民に限られてしまったのだ・・が、革命後はフランスを見本として、職業としてなりたっていったそうです。有名なアンナ・パブロワの親は貧しいといわれてきたが、実の父は裕福な銀行家だそう。これはまれな例であるが。。
話をパリ・オペラ座に戻すと、18世紀の終わりには学校は1年生、2年生、3年生といった区別はなく、全員が一緒のクラスであり、1805年のなってようやく上級クラスが設置されて、専任の教師がおかれた。これは、効果があったとみえ、1817年にはさらに上級のクラスが設置された。この時代のクラスは2時間または2時間半で週3回だった。それゆえ学校の無い日には生徒たちは自費で有名教師のクラスにでた。完成組みも同様で週に4回は自発的に稽古(日曜もやすまなかったらしい)していたそうです。
つまり、この時代に公立のバレエ学校に行っても、勝手にスタジオで勉強してもあまり将来性に変わりはなかったらしい。バレリーナ伝記を見ても、マリータリオーニは一度も学校には行っておらず、パリではクローンの個人授業をとっていたらしい。ではどんな授業がおこなわれていたのだろうか。すごいよ・・・・

7月になってしまいました。。

とうとう7月です。サマー研修のシーズンがやってきましたねぇ〜。
さて、この間学校で借りた、「バレエ学校って、何?」(ダンスマガジン)の本を読んだのでお話します。
世界ではじめてバレエ学校ができたのは、1713年に設立されたパリ・オペラ座バレエ学校でした。18世紀末から、ロマンティックバレエバレエ出現の少し前まで、恐らく、学年は一つ、レッスンのシステムは現在とは違い、舞台で踊るシャコンヌメヌエットパヴァーヌパスピエなど、いわゆる社交ダンスを基本とするものを、別に分解した基礎訓練などなしに習ったものに違いない。この時代には、すでにジュテ、アッサンブレ、アントルシャなどの用語がでてくるが、これは前記のいろいろな社交ダンスの中に組み込まれており、独立して学習するものではなかったようである。また、これらは言葉こそ同じだが、現在我々の知る古典舞踊の体系に整理されているものとはまったく違っていたそう。用語が同じだからといって、同じものだと思うと大きな間違いをおこしてしまう。
宮廷人の踊る比較的簡素な踊りが、どんな経過を経て、高度に発達した現代の技術体系に至るのかは、これからの研究課題でまだ十分な解明はされていないないそうです。フランスに次いでペテルブルクには1738年、モスクワには1773年バレエ学校が開設された。これらの教育の手本はもちろんパリ・オペラ座であった。前者では宮廷の使用人の弟子、後者では孤児院の子供たちが生徒であったという。バレエはあまり尊重された職業ではなかったのだろう。

私の話

忙しくて、なかなかブログに手がつけられませんでした。。
先日は、モーリスベジャールバレエ団の公演がありました。やはり、ベジャール独特の音の感覚と、人に何かを伝える(それも観ている人に確実に伝わるように)そういう魅せ方がやはりベジャールの強みだと思いました。金森穣さんみたいに、音のすべてに動きを入れる感じではなく。キリアンのように、明確ではないけれど、最後に何か考えさせる。(私はキリアンも金森さんも大好きです・・)といったような感じでもなく、今回のテーマは「愛」だったけれど・・その愛ってどんなカタチで伝えられているかがよくわかった。ジルロマンの音と音との間の取り方、伝えにくいけど。。フーっと何かを感じさせるような間。。役者だな・・とも思いました。そして、すごいのが女性。みんなギエムみたいな足でした。。。。こんなの見たことないって言うくらい、すばらしい容姿の方たちばかり・・ただ、オペラ座や、ロイヤルとはちがうのが、洗練された美しさ、小さい頃から磨きあげられた身体。というよりは、若干ぽっちゃりしてる人もいるし、マッチョ。みたいな人もいる。でもこれが生身の人間なんだって、逆に心にグサっときました。今まできれいきれい・・のバレエじゃなくて、忘れてた何か。。人間の内面みたいなものを思い出す事もできた。演劇性ってすごく大事なんだと思った。
で、私のスタジオにギエムみたいな足の子がいる。がしかし。。センスが少し田舎っくさくて、もったいないのです。先日も教えていて、足だけ見ると、ギエムなんだけどなって思いました。。ほんとにできるものならオペラ座に入れたいってくらいきれいな子なんです。。あ〜こういう子って直すのに結構大変なんだよな〜って思います。体の使い方は、理解すればできますが、個々のセンスっていうのは、そう簡単に直すことってできないですよね。。いろんなものを観て、触って、聞いて。自分のスタイルを身に付けていって欲しいですね。まだ子供だからわからないけれど・・期待してます私。

舞踊学2

身体はどのように動くのか、バレエの動きは、自然の法則からみたら非常に不安定なかたちにある。これらを安定した状態に保つため、骨格〜神経〜筋のバランスが発達し、その結果、重力に対して、できるだけの抵抗を少なくしたかたちを保つことができるようになってきた。直立姿勢の善し悪しが運動の効率を左右する重要な条件でありまた、美しさの条件でもあるが、骨格や関節の配列が正しくないと無用な筋作用や緊張が起こり、余分のエネルギーを必要とするうえに、運動効率も悪く障害を起こす事さえあるといわれる。前にも述べたように、クラシックバレエでは、股関節を開いて、脚全体を90度外側に向けるアン・ドゥオールという特殊な技術が基本になっている。これができると前後左右、上への移動範囲が広くなり、135度くらいまで上に上げることもできる。しかし、この技術は、身体解剖的からみたら不自然なかたちで、長期間の根強い練習が必要である。また、膝関節と足首を伸ばしたまま、股関節をまげたり、その反対の運動も要求されるが、これらも不自然な運動であり、練習によって習得できるものである。足は、身体の中でも、効率的で、強靭につくられた部分で、小さな組織で全体重を支え、身体を運搬し、空間に持ち上げるといったような驚くほどの運動を成し遂げる。普通人間は歩くとき足の裏をつけるが、スピードが増してくると、踵が床から離れる。つま先で立ったり弾んだりすることは人間には不可能であるといわれているが、バレエでは、トゥーシューズをはくことによって、つま先で身体を支えることになる。最小限度の面積の上でバランスを保つためには、足首で重心のコントロールが必要で、そのため、足の甲が前に出て、膝関節が後ろに押し込まれたようになり、しかも体重を支える筋力が必要とされる。これらのバレエの動きに対し、東洋舞踊を代表する日本の能では、股関節、膝、足首を曲げて、下肢を屈曲させて、すり足で歩く。自然となじみながら舞う踊り、身体の構造から考えたら、無理の無い自然な状態に近い。このように、身体運動は、外側から見れば空間に描かれたデザインであり、これはフィルム分析をすることによって、視覚的にとらえることができる。日常動作で、モノを持ったりする時、私たちは主に手先、足先など末端部を使う。これらの動きはエネルギー効率を求める空間移動をしており、運動デザインそのものには意味がない。しかし、舞踊の場合は、身体運動によって、空間に描き出されるデザインが視覚に訴えることを目的としているので、自ずと身体の使い方は異なってくるはずである。



月曜日に、彫刻家の展示を観に行った。やはり、自分の芸術作品が、モノ=カタチ、として残るのはいいなと思った。演劇とか、バレエは映像にしか残せないから、なんだか惜しい気がした。前に、気持ちから入っていく踊り方のことを言っていたけれど、テクニック基本+演じる、感じる踊り方をしてゆく。なんだかんだ言っても、これがなければ、人には伝わらないのだと、最近私自身よく思う。シルビィ・ギエムっていう有名なバレリーナがいるんだけど、彼女の踊り方は、冷たい。とか言われてきたけど、彼女は本当にテクニックがすごすぎて、観客は表現力とか、演技性とかをみる前にそっちに目がいってしまう。だから、冷たい踊りだ。と言う人が数多くいる。確かに、彼女の性格は、生意気で、自分にものすごい自信を持った人だって聞いたことがあるけれど、バレエに関して、その表現力は人並み以上のものを持っている事は確かだと私は思う。足を横に上げると、耳の横までいとも簡単に上げてしまうし。とりあえず、難しいテクニックを簡単技のようにこなしていく。今はだいぶ落ち着いてきて、前ほどのテクニックではないにしろ(普通の人だったら十分すぎるくらい今でもすごいが・・)表現力が最近になって認められてきているようだぞ。やはり、少し踊れなくなってきた30代くらいが、一番華なのかもしれない。

「舞踊学」 難しい。。。。

先日、日芸の図書館で、本を借りました。舞踊教育研究会が編集した「舞踊学講義」。私は、バレエ中心に考えていたのだけれど、バレエを含め、舞踊にはたくさんの種類がある。バレエとか、それを崩した(否定したもの)モダンダンスとか、すべての装飾を取り去って、自己の内面世界と対応する動きを追求した、グラハムテクニックや、アフリカ黒人から端を発し、ダンスと音楽がアメリカのショーの要素と融合して今日まで発展してきた、ジャズダンスやまで、外来の舞踊を見てみても、様々ある。わたしがここで注目したいのが、これらの舞踊が、身体の動きとどのように関わってくるのか、である。ダンサーは生物。と言うように、舞踊は生きている身体を扱うという事、それを素材として成立する芸術である。他の芸術でも、人間の感覚が世界と関わって、自己を提示するという意味において身体が関与している事はあるが、生身の身体そのものが素材となるという点で、舞踊における身体は特殊な意味を展開していくのだという。身体とその多様な動きが意味を浮かび上がらせ、観ている人に訴えかけるのである。ここでは、毎日の生活の中では歩き、走り、ものを運び、食べて寝る、などなかば無意識的、習慣的に世界と交信を交わしている身体が、なぜ舞踊という芸術を生み出したのか。という疑問にも迫っている。舞踊における身体からみてみると、踊り手の身体は、ある精神活動と結びついて、日常の身体とは異なった変化をとげているのである。踊り手が自己の内面に生起した感情、情緒を直接身体を通して外在化することにより、その可視的な運動によって観客に訴え、観客はその運動を視覚的に受け入れる事によって、踊り手の内面をとらえる。ここに、日常とは異なった世界が展開される。舞踊の直接的自己表現説といわれるこの一連の過程は、大方の舞踊学者にもよって唱えられてきたようだ。このような考え方をたの芸術に置きかえてみることもできる。(絵画→キャンパス、絵具  音楽家→楽器  彫刻家→石、木、銅  これらによって自己表現する)舞踊家→身体 これは、常にゆきとどいた調律すなわち訓練がいきとどいていなければならない。しかし、ここで、よく考えなければならないのが、人間の身体は決してピアノや絵の具のように無機質で、石材や銅のように可塑的物質ではなく、表現者が自由自在に操作できるようなものではないということである。身体とは常に生の営みの中で変化しているものであり、ピアノや絵具のようにいつ誰が操作をしても同じ現象を現すものだはない。身体は、踊り手にとって単なる客観的物質ではなく、表現媒体でありながら表現者自身なのだ。さて、このように身体の動きと舞踊の関係をあらわしてきたが、ここで私が注目している身体はどううごいているのかに注目してみたい。続く。。





クラシックバレエを教えていくために」
メンタル面;アダージオ→普通の練習方法ではないパをつくっていく。バレエは普通腕の位置もきちんと決まっている。それだけではなく、女性だったら手で波のようなかたちを作ってみたり、一小節の中に一つだけではなくて、色々な動きを入れる。腕を一つ動かす事によって、首が自然に動く。手は洋風に、足は日本風に動かすこともできる。いろいろな要素をいれる。プリエ、タンジュ、フラッぺなどでも同じ。又、日本ではバレエ学校がない。誰もバレエ学校を出ていないし、留学したとしても遅すぎる事が多い。これらには、生まれて育った環境が大きく関わってくるからだ。様々なところで受けた人たちがバレエ団として集まってくる。キャラクターダンスもやってきていない。だから、心の勉強というか、内面から出てくる事を教わっていないのが現状だ。だから、内面から、気持ちから入っているような動きを創っていけるようにする。

フィジカル面;「例」バレリーナダンサー)が立っている状態と普通の何もしていない人が立っている(無意識)のではまったく違う。→一般的な言葉では説明しにくい。言葉で表すなら、きりっとしている、びしっとしている。背中がシャンと伸びている。高貴な感じ。→これらを解剖学的に、身体の構造を見ながら説明することは、できる。背中が伸びている、とみられるのは、普通の人がs字状の脊柱をしているのに対し、バレリーナの背中は、このs字カーブを最大限に直線的に保つため、背筋や腹筋などかなりの筋肉を動員して働かせている。実験の結果からも、アン・バーやアン・オーといったポジションをとるだけで、反射的に筋肉が収縮するように訓練されている。そしてこの反射的な収縮は、腕や肩の位置と密接な関係があり、古典舞踊においてポールドブラが非常に重要とされているのは、単にそのコスメティックな美しさを追い求めているだけでなく、それが身体の緊張を引き起こす重要な引き金として働くからだと考えられている。「バレエダンサーの体とトラブル」(蘆田ひろみ)より。また、足を外に開く。という事について、1、股関節2、膝関節3、足関節。これらを自然な形で無理なく動かす方法がある。バレエで言う開くとは、2,3を開くのではなく、1、股関節を開くことが重要とされている。これひは、周りに無駄な筋肉があると、股関節から開くのは難しくなってくる。だから、小さい頃から正しい筋肉の動かし方が必要となってくるのだ。腰からお尻辺りにある大転子、これを下に向ける事によって、足は自然と開いた使い方になる。又、土踏まずを上げる事によって、膝は自然と外を向く事がわかる。バレエの動きとはすべて、足を開いて使う動きしかはいっていない。これをいかに丁寧に、きちんとかたちを守って動かすかによって、しなやかで美しいかたちをとることができる。そして、開いているからこそ、足は上がる。アン・ドゥオールを十分にして大転子を後方から下向きに回旋させて下肢を上げることが必要になる。だから、骨盤と大転子を結んでいる筋肉を最大限に収縮させて、アン・ドゥオールをまず十分におこなうと、脚は横にも180度上がるということになる。(ヤン・ヌイッツ先生の講習より)最後に、バレエで最も大切なプリエ。スポーツ選手がジャンプするときに使う太ももの筋肉を鍛えてしまうと、脚はものすごく太くなってしまう。陸上の選手とは違うから、外の筋肉を鍛えてしまっては、太く見える一方だ。逆に、脚の内側の筋肉はいくら鍛えても太くは感じさせないといわれている。だから、プリエで膝を曲げるときは、内側の筋肉を使わなければならない。伸びてくるときも同じ。これらをみてみて、プロのパレリーナ、そのほか様々な分野のスポーツ選手の足を見て、筋肉のつき方をみたいと思った。

草刈民代さんの「全身からだ革命」を読んで。彼女は、40代なのに、20代のときよりも、体が動くそうです。その秘密はどこにあるのか。それについて書いてありました。がしかし。。普通の人ではそー簡単にできないような事。でした。すべては、健康的な心と、発想から。だそうです。
まず、最初のステップは、食事療法だそうです。食事改善をすることによって、心身ともに自分の身体コントロールがしやすくなったそうです。この本では、自分の身体をコントロールできるようになるということは、常に、健康的な精神を持続できることにもつながってくる。のだそうです。ここで扱っているのは、食には「身土不二」という考え方があるという事。食は身体を表し、土は土地を指し、不二は二つに分ける事ができないという意味を持つ事から、身体と生まれ育った土地は、切っても切り離せないという言葉だそうです。自分の生まれ育った土地で取れる食物(旬の食物)を摂ることで、おのずと健康的な体を保つ事ができるのだそう・・例えば、沖縄に住んでる人が果物をたくさん摂るのは、暑い地域に住んでいるから。陰性の果物を食べて、身体を冷やすんだそうです・・インドにしてもそう。陰性のカレーを食べる事によって、汗をたくさんだして、身体のバランスをとっているのだそうです。きゅうりやピーマンなどは、旬がいつごろなのか。。これらは、体を冷やしてくれる働きをもってる。だから、夏に食べる。夏が旬。レンコンなどは逆に、体を温めてくれるので、秋から冬にかけてが旬となる。又、ご飯も玄米にかえるとさらにバランスのとれた食事になるそう。
続いては、PNFのトレーニングを取り入れたこと。PNFとは、固有受容性神経筋促通。1940年にアメリカで、リハビリのために使われた医学の一つだそう。私もはじめて知った。脳性麻痺や脳血管障害などによる神経障害、筋力低下などを改善する目的で生まれた。正しい刺激と操作を加えて、身体の正常な生体反応を引き出す治療法。柔軟性や関節、筋肉のバランス感覚だけでなく、敏捷性、持久力など、様々な運動機能を改善、向上させることから、近年では、一般臨床のみならず、スポーツ選手のコンディショニングメソッドとしても用いられるようになった。。反応する力=身体のなかの<センサー>と、神経回路が発達する。それにつれ、応用力が生まれる。そして、脳と筋力との協調性がよりレベルアップしてくるから、身体を動かしやすくできるのだそう。自分の体の中に、自分でコントロールできるセンサーをつくり、それによって、体を自由に動かすことができるようにする。これをすることによって、一度怪我したところを、根本的なコントロールによって、二度と同じようにならないようにすることが可能になったりする。
最後に取り上げられていたのが、ピラテス!私も、去年から、今年にかけて行って来たニューヨークで受けてきた。インナーマッスルを鍛えるほうはきっと、そこまで辛くはないのでしょうが、私が受けたのは辛かった。。かなり苦しかったです。海外では多いのですが、バレエやモダン、ジャズなど、各踊りのクラスの他に、ピラテスとか、フロアーでやるバーレッスンとか、フランスではバーオーソールと呼ばれていました。普段のレッスンとは違って、そのもとになる、身体の芯を支える筋肉を鍛えて、骨と筋肉が本来あるべきところにフィックスされるので、身体のゆがみが改善されるだけでなく、全身のバランスがよくなるのだそうです。又、それによって正しい姿勢を保つことによって、日常的に繰り返す身体の不快感を改善することもできるはずだそうです。
こんな感じで、長くなってしまったのですが、美しく、踊れる体をつくるため、様々な方法があるわけです。
又、最後にこんな事も言ってました。「その人なりの美しさは、日々の生活の積み重ねからしか生まれない」と。。毎日のファッションやメイク、ライフスタイル、すべてにおいて意識を変えていくこと。美しさを築く上での大切なディテールとなるのでは。。やはり女性は、女としての意識を忘れてはいけないのですね・・・・・・